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月明かりの射す静かな庭

noblemoon.exblog.jp

ECOのフリージアサーバに生息中。現在の企画→ECO小説<運命の赤い糸>

第ニ話 『迷子の迷子の』 前編

今回は、菫クエがベースになっています。


ダウンタウンとアップタウンの広さってどれくらいなんでしょうね? ゲーム内ではもちろんそんなに広くないですが(エルシエルとか逆に広すぎだろ)。

昔戦艦だったという設定もありますし、意外と狭いのかもしれませんね。



アップタウンとダウンタウンの2重構造。この説明を書くたびに思い出します。

FF7のミッドガルみたいだな……と。。。







第ニ話 『迷子の迷子の』 前編


 なぜかは分からない。
 私が行くと、『本家』の連中はみんな嫌な顔をする。まるで、汚れた野良犬でも見るかのように私を見る。ひそひそと何かしゃべってる。はっきりとは聞こえないけど、言いたいことなんてすぐに分かる。
『何でお前みたいなのがこんなところにいるんだ』
『早くいなくなればいいのに』
『邪魔なヤツ』
『気味の悪い子』
 別にそんなことはどうでもいい。私もお前たちなんか大嫌いだ。
 特に嫌いのは、お前だ。
 当主のババアの影に隠れて、薄気味悪そうにこっちを見ているお前だ。
 お前のその目が嫌いだ。こっちを、哀れんでいるように見るその目が。
その口元が嫌いだ。こっちをあざ笑っているかのようなその口が。
その態度が嫌いだ。びくびくと怯えるフリをして、私を悪者扱いするその態度が。
あいつのすべてが嫌い。髪の毛一本から足のつめの先まで何もかも。
 しんじゃえばいいのに。みんなみんな、いなくなればいいのに。


 ぱちりと目を覚ますと、窓からまぶしい光が。
「ふぁ……?」
 まだ視界がぼんやりとしている。ただまぶしいことだけは分かるが……、手を動かすのさえ億劫に感じられた。
「……?」
 朝だ。それを理解するのに5秒くらいかかった。ようやっと腕が動いて、朝日をさえぎるように目を覆う。真っ暗になった視界に安心し、もう一度夢の中へ……
「夜志奈!!」
 突然名を呼ばれ、ベッドから引き摺り下ろされた。
「ふぎゃ!!」
 ベッドから転げ落ちた少女、夜志奈は打ったらしい頭をさすりつつ、
「いたた……何するのよ!」
 と、叫ぶ。その夜志奈の目の前には、長い茶色の髪をした女性が立っていた。
「何するのよ? じゃありません! もう他のみんなは朝食を済ませましたよ! いつまで寝ているんですか!?」
 頭をさすりながら、ようやっと夜志奈が立ち上がる。ゆったりとした……というよりはぶかぶかの寝巻き。だらりと腕を下ろせば、袖の中に指まですっぽりと入ってしまうし、ズボンにいたっては、今にも脱げてしまいそうなぐらいに緩々だ。
「また、レンの寝巻きを着たのですか」
「だってー、私の寝巻きは全部洗濯機の中」
「……」
 夜志奈の言葉に、あきれた表情でこめかみを掻く女性。長い髪がゆらゆらと揺れる様は、きれいを通り越して官能的にも感じる。
「いつも言っているでしょう、夜志奈。自分の世話は自分で。それがこのアルマニア孤児院の最低限のルールです」
「だーかーらー、洗濯はしたの、洗濯は。干すの忘れただけ」
「同じことです!」
 夜志奈の耳に叩きつけられる言葉。煩わしそうにしながら、夜志奈がトコトコと歩いていく。
「どこへ行くのですか!」
「せんめんじょー、ってうわ!?」
 次の瞬間、ズボンのすそを踏みつけ、豪快に夜志奈が転んだ。
「いてて……」
 脱げかけたズボンの隙間から、意外とかわいらしい白いパンツが見える。それを見て、女性は大きくため息をついた。


 アルマニア孤児院。ダウンタウンの東にある小さな孤児院だ。だがその敷地は意外と広く、公共の学校と比べてもなんら遜色はない。子供たちが暮らす寮、運動場、教室、食堂に洗濯場……一通りのものが揃っている。孤児院の院長は、サージェ=クロイテフという初老の老婆で、物腰の柔らかさから周囲の評判もよい。自治会の副会長もしている。彼女のほかには、マリア=ウェリントンという茶髪の女性が働いている。こちらも気立てのいい女性として、周りの印象は良い。ただ、少し真面目すぎる性格が唯一の欠点といえば欠点となるか、ちょっと融通の利かない面を持ち合わせている。
 何はともあれ、孤児院の職員としては、院長サージェ、お手伝いのマリアの二人である。大きな孤児院に二人だけとは……と思うが、子供の数はそんなに多くはない。
 現在の生徒数は、年長組みが4人、年中組みが7人、年少組みが4人だ。
 年長組みというのは、年齢15歳以上の組。すでに自分ひとりで家事や自主勉強もできる子供たち。他の年中組みや年少組みの面倒を見る事もある。この年長組みのおかげで、職員が二人だけでも何とかやっていけるといっても過言ではない。
 年中組みは、10歳以上14歳未満。年少組みは10歳未満。特に決まった枠組みではないのだが、子供たちが勝手にそういうグループ分けをしているのだ。
 そのアルマニア孤児院の食堂で、夜志奈は少し遅めの朝食を食べていた。
「よしなー、早く食べちゃいなよー」
 そう言って食堂を出て行ったのは、年中組みのエミリーだ。眺めの金髪が特徴の16歳。15歳の夜志奈にとっては少し上のお姉ちゃんである。彼女も朝食は遅い傾向がある。それは、早起きしてせっせとお化粧をしているからだ。先ほどの言葉も、どこか上機嫌だった。どうやらお化粧はうまく決まったらしい。
「むー……」
 当の夜志奈は……あのぶかぶかの寝巻きからは着替えている。薄手のTシャツにデニムの長ズボンを履いていた。
 夜志奈の前には、8割以上減った朝食が置かれている。今日の朝食はご飯に焼き海苔、わかめの味噌汁に……肉じゃがだ。
 そして、残っている2割が何なのかというと……ニンジンである。
「……何ゆえ、私の分にはこんなにもニンジンが入っているのかしら?」
 フォークでニンジンをつつきながらそんなことを言う。別に、夜志奈の皿だけ特にニンジンが多いとか、そんなことは決してないのだが。
「まぁ、いっか。エミリーも早くしろって言ったし? ご馳走サマー!」
 がたっと、立ち上がろうとした夜志奈の肩が、がしっと掴まれる。そのままぐぐっと下に押され……夜志奈はもう一度、ニンジンの前に座りなおした。
「さっさと食べなさい」
 頭の上から、マリアの声が聞こえた。
「こ、こんなにかわいらしいニンジンさんを食べちゃうのはかわいそうだと思うの……?」
「お皿に残されたほうが可哀想です」
「ぐぬぬ……」
 マリアの華奢な見た目からは想像できないぐらいの力で、ぐいぐいと押される夜志奈。彼女は一見おしとやかに見えなくもないが、それでも悪ガキ曲者ぞろいのアルマニア孤児院で働いている身である。たとえアルマニア孤児院のすべての子供たちが結託して反乱を起こしたとしても……マリア一人で十分鎮圧されるだろう。
 仕方なく、夜志奈は恐る恐るニンジンを口に運んでいく。煮込まれてやわらかくなったニンジンが、口の中でグチャリといやな感覚を残して崩れていく。その感触とともに広がるニンジンの強い味。思わず、べちゃりと吐き出した。
「食べれないー」
「ああもう! どうしてそういうことをするのですか!」
 憐れな姿と化したニンジンを見て、マリアががっくりと肩を落とす。
「だって、食べれないものは食べれないんだもの」
「好き嫌いがあるのは仕方ありませんが、我慢できないのが問題です。別に、お皿いっぱいのニンジンを一週間食え、とは言ってないのですよ? ふた切れのニンジンぐらい食べなさい」
「だから、食べれないって言ってるでしょ! この触感がいやなの! この味がいやなの! 体が受け付けないのー!」
 マリアが、はぁ……と大きくため息をついた。そして、夜志奈の皿と茶碗をかちゃりかちゃりと重ね、
「分かりました。今日は口に入れただけ良しとしましょう」
 やった! と夜志奈が心の中だけでガッツポーズをして、
「今日の夕飯は、ニンジンの形が残らないような料理を作ります」
 そのまま、テーブルに突っ伏した。


 アルマニア孤児院では、午前中は勉強の時間となる。教師はマリア=ウェリントンと、年長組みだ。子供全員が、もっとも大きい部屋……『教室』に集められ、それぞれの実力に見合った勉強を行う。主に集中力のない年少組みをマリアが見て、年中組みの世話を年長組みが見る。
 内容は、文字の読み書きから、ものの数え方……アクロニア大陸の歴史など、普通の学校で教えられる一通りのものだった。夜志奈は年中組みとして、年長組みからあれやこれやと教わる。
 それが終わると、昼食。その後、ようやっと自由時間だ。ただし、それは年中組み以下の話。年長組みは引き続いてマリアとの授業がある。夜志奈は、朝食にニンジンが入っていないか確かめつつ、念入りに調べながら昼食を食べ終えた。どうやらニンジンは入っていなかったようだ……肉団子もバラバラに分解したから間違いない。
 昼食の解剖実験のせいで、またもや夜志奈が食べ終わるのは一番遅かった。そして、やはり同じく食事が遅い(正確には、食事前のお色直しが長い)エミリーに尋ねた。
「ねぇ、レンは?」
「ん?」
 昼食を食べ終え、手を合わせていたエミリーが夜志奈のほうを向く。
 レン……レン=ルミエイト。年長組みの青年で、現在は剣士として冒険者をしている。もう自立して、自分で稼ぎを出している彼だが、実は住居は孤児院の中にある。しかし、まだ今日は彼の姿を見ていなかった。
「……なんか、昨日は遅く帰ってきたらしいから、まだ寝てるんじゃない?」
「は!?」
 夜志奈は、バン! とテーブルを叩いて立ち上がった。遠くで皿を片付けていたマリアがビクっとして夜志奈たちのほうを向いたが、エミリーが「いや、なんでもないです」と必死に手を振っている。
「遅く帰ってきたってどういうこと!?」
「し、知らないわよ……私だって昨日から会ってないし」
「レンに聞いてくる!!」
 そう言って、食堂を飛び出していく夜志奈。早い。実は彼女もスカウト系列の冒険者なのだから当然か。冒険者といっても、彼女の場合は名ばかりだけど。動機も実に単純で、『レンがなるなら私もなる!』といって、マリアにも孤児院の先生でもあるサージェにも相談なく勝手にスカウトとしてデビューしてしまった。それからは、レンのあとをチョコチョコついていってクエストを手伝っているらしい。レンがついているなら安心かと、マリアもサージェも大目に見ているところがあった。
 食堂を出て、男子寮の方へと一気に駆け抜ける夜志奈。レンの部屋がある3階まで駆け上がると、その扉をバンバン! と叩いた。
「レン! レン!!」
 何度も何度も扉を叩く夜志奈。木製の扉がだんだんとしなってきたような気がすると……
「うるせえええええ!!!!!」
 と、扉の向こうから叫び声のようなものが聞こえた。ついで、さっきまで夜志奈が叩いていた扉がバン! と開き、中から赤髪の青年が顔を出す。
「って、夜志奈?」
 赤髪の青年、レンは扉の前にいる少女に気づいてそういった。そんなレンに構うことなく、夜志奈はズガズガと部屋の中に入っていく。
「え? ええ? おーい、夜志奈さーん」
 いきなりの訪問に疑問符を浮かべつつ、開け放った扉を閉める。さっきの夜志奈の強烈なノックで少しゆがんだのか、いつもとは違う感触がした。
 部屋の中に入った夜志奈は、レンの部屋をあっちこっち探っているようだった。
 男子寮も女子寮も基本的な構造は変わらない。ただし、年中組みと年少組みはルームメイトがいる。年長組みになると一人部屋が割り当てられるのだ。ちなみに夜志奈のルームメイトは先ほどのエミリーだったりする。
 レンは年長組みなので一人部屋だ。なので、それほど広くはない。普通のシングルベッドが部屋の半分を占めている。男子寮の一室にしてはきれいに片付いていた。壁にはいつもクエストに行くときの剣士の……バウンティハンターの職服が掛けられていた。
「で、夜志奈は何してんだよ……?」
「レン! 昨日はどこへ行ってたの!?」
 ようやっと夜志奈がレンのほうを向いた。銀髪の髪の毛が、窓からの日光が反射してキラキラと光っていた。ただし、その目も……なにやら怒りの光がともっていたが。
「昨日?」
 レンは、起きたばかりの頭を掻いて記憶を呼び起こした。
 昨日。
 そうだ、昨日はいろんなことがあったんだ。
「そうそう! 聞いてくれよ、夜志奈! 俺、昨日東軍のクエストを受けにいったら、青い髪の女の子を見かけて……」
 『女の子』という単語が出た時点で、レンは夜志奈に殴られていた。


「へー、アレアかー。懐かしいね」
 夜志奈は、栗色の髪をした不機嫌そうな顔の少女を思い浮かべてそういった。
「つーか、マジで口の中切ったんだけど……」
 レンが唇を軽く触りながらそう言うと、夜志奈が気まずそうに視線をそらした。
 二人は今、ダウンタウンを歩いている。夜志奈が自由時間に入ったので、クエストを受けるのだ。昼過ぎのダウンタウンの表通りは、同じ冒険者たちが数多く行きかっていた。
 ダウンタウンの上にはアップタウンがあるため、上を見上げても空はない。代わりに、複雑に入り組んだパイプの天井が見える。とは言うものの、その天井はかなり高いため閉塞感は感じない。数値で言うと、ダウンタウンの天井の高さは300mある。そのパイプ郡の隙間隙間に、太陽光を模擬した照明がいくつも設置されている。この照明が、時間によってダウンタウン内の明るさを調整するため、地下街のダウンタウンでも時間間隔が狂いにくくなっているのだ。
「5年前だっけ? いなくなったの?」
 夜志奈が指で年数を数えながらそう聞くと、レンはうんとうなずいた。
「それぐらいだなぁ……突然だったもんな、アレも」
「つーか、あのふてくされが5年もよく冒険者が続いたものねぇ。絶対すぐに帰ってくると思ったのに」
「まぁ、うまい具合にやってるみたいだったぜ。桃色のネコマタ連れてた」
 そこで、夜志奈がぶっと噴出した。
「ネコマタ? あのアレアが!? アッハッハ! それはおかしいよ! ハッ! まさか虐待してるんじゃないでしょうね!」
 冗談交じりに、おそらくアレア本人が聞いたら叩き切られそうな事を言いながら、夜志奈は涙目になって笑っている。レンは苦笑いで『そうだな』と、適当に相槌を打っていた。どうか、運悪くアレアと遭遇しませんようにと心の中で祈りつつ。
 さて、表通りをもう少し歩くと中央広場に出る。巨大な四つのシアターがひしめくエンターテイメントの激戦区だ。そこから北へ進むと、レンたちがいつも利用する酒場にたどり着く。一般からのクエストは、すべて酒場を通して受けることができる。今日は、そのいわゆる『酒場クエスト』を受けるのだ。
 もう少しで中央広場……というところで、裏路地から一つの影が飛び出してきた。それはものすごい勢いで、夜志奈にぶつかった。
「ふえ!?」
 レンのほうを見て話を続けていた夜志奈は、突然現れた影を避けることができなかった。ドン! という音ともに、夜志奈は小さく可愛らしいおしりを地面に叩きつける。
「お、おい! 大丈夫か?」
 あわててレンが夜志奈を助け起こす。痛そうにおしりをさする夜志奈。特に大きな怪我はしていないようだ。
 ついで、レンはぶつかってきたほうの影を見た。それは、子供のようだった。夜志奈よりも小さい……10歳程度の少年であるようだった。
「ちょっと! 何するのよ!!」
 夜志奈が少年に詰め寄ろうとすると、少年はビクッと体を震わせて、
「ご、ごめんなさい!」
 といって、急いで立ち上がって人ごみの中へ走り去っていってしまった。
「な……!?」
 夜志奈はまだ言い足りなかったようで、こぶしを強く握ったまま文句をあーだこーだと少年が消えていった人ごみにぶつけている。通行人がいぶかしげにこっちを見るが、特に係わり合いになる気は当然ないらしく、すぐさま流れに戻っていく。少年の姿は完全に消えていた。
「もう! なんなのよ! アイツ!!」
「さぁ……」
 そのとき、ふとレンの視界の中に、モーグ連邦の軍服を着た騎士団が目に入る。
 アクロポリスシティには、地方4国の騎士団が常駐している。それゆえに、騎士団員を見かけるのもフシギではない。だが、ドコとなく慌しい雰囲気を感じ、レンはいやな予感がしていた。
「レン、どうしたの?」
 ハッと気づくと、夜志奈がレンの顔を覗き込んでいた。レンの身長は180センチ。対する夜志奈は145センチ。背伸びをしても、レンの顔まで届かない。
「い、いやなんでもないよ?」
「そう? また、綺麗な女の人に見とれてた。とかじゃないでしょうね!?」
「ち、違うって。ホラ! 早く酒場に行かないと空きクエストがなくなっちまうぜ!」
 さぁさぁと夜志奈の背を押す。腑に落ちない様子の夜志奈だったが、ちょっと重い足取りで進み始める。
 もう一度だけ、レンは少年が消えていった人ごみを見た。
(面倒なことにならないといいなぁ……)
 漠然と、そんなことを考えた。


 酒場は大盛況だった。何人もの冒険者らしき人達が、いきり立って所々で話をしている。もともと騒がしい酒場だが、これは異常だ。
「何があったのかしら……?」
 夜志奈が驚いた表情で辺りを見回している。あちらこちらで各々の冒険者たちが何か相談事をしているようだった。飛空庭がどうとか、少年がどうとか……という声がチラチラ聞こえてくる。かと思えば、向こうからは良く分からない歓声と拍手が聞こえてきたり、ドタドタと酒場を駆け出していく一団もいた。とにもかくにも、全員が全員はしゃぎすぎだ。
「お、レンか。いいところに来たね」
 そうレンに話しかけてきたのは、酒場のマスターだ。確か年齢は26歳。ダウンタウンにはクエストを受けることができる酒場がいくつもあるが、その酒場のマスターの中でも彼は最も若いだろう。見た目は物腰柔らかそうな好青年だ。荒々しい冒険者に囲まれる酒場のマスターの柄ではない。どちらかというと、アップタウンの高級バーテンダーのほうが良く似合っていると思う。
 その酒場のマスターは、にっこりといつもの笑顔を浮かべている。
「いいところって?」
 レンがそう尋ねると、マスターは一枚の張り紙を取り出した。
「ついさっき、こんなクエストが発行されてね。それでこの有様さ」
 マスターが顎をちょいちょいと動かす。どうやら酒場の、この浮かれた現状を指しているらしい。
「何々?」
 張り紙を手に取ったレンの横から、ひょっこりと夜志奈が覗き込んできた。そのまま、張り紙の文字を読む。
「緊急クエスト。迷子捜し。モーグ連邦からの飛空庭に無銭乗車した少年の保護……」
 緊急クエストというのは、アクロポリス評議会からの……文字通り緊急のクエストだ。主に自然災害や大規模事故が発生した際の緊急応援のために設定されることが多い。最近あった緊急クエストは……この前の大豪雨のときだ。観測史上でも最大級の大豪雨により、アップタウンの貯水タンクが破裂。大量の水がダウンタウンに落下、大穴が空いた事故があった。そのときにも緊急クエストが発行され、多くの冒険者が人命救助に当たることになった。
「何だこりゃ。こんなものが緊急クエスト??」
 レンは首をかしげながらマスターに尋ねた。
 マスターも苦笑いを浮かべながら、
「うーん、俺も何度も確認したんだけど本当みたいなんだよねぇ。評議会も何を考えているのやら……」
「でも、それが何でこんな騒ぎになるんだ?」
「あああああああああああああああああ!!!!!!」
 突然、隣の夜志奈が叫んだ。余りの音量に、残響がキーンキーンと頭の中をいったりきたりしている。
「何よ、これ!! 成功報酬400万ゴールド!?」
 400万ゴールド。
 その台詞で、レンも視線を張り紙に戻した。
 緊急クエスト。
 迷子探し。
 モーグ連邦からの飛空庭に無銭乗車した少年の保護
 報酬:400万ゴールド。
「何!!? なんだ、これ!? 破格の値段じゃねーか!!」
 道理で酒場の中が色めきたつわけだ。この酒場にいる冒険者全員が、この報酬を狙っているのだ。
「すごい! すごいよ、レン! 400万だって!」
 隣の夜志奈はすでにその仲間入りをしていたが。キラキラと瞳を輝かせて、今にもクルクル踊りだしそうな勢いだ。
「400万! 私のお小遣いが100万でしょ? レンは50万ね! それからそれから、前々からほしかった『大天使の服』、『はじめてのYシャツ』、『ヴァンパイアドレス』もほしいなぁ……」
 すでに夜志奈の頭の中では、クエストは成功したことになっているらしい。レンはあきれながらも、マスターのほうに視線を戻す。
「どうだい、レン。お前もこれに挑戦してみるのか?」
「なんかすごい胡散臭いんだけど……」
 俺もそう思う、とマスターも頷く。
「でも、悪い話でもないだろ? 評議会から発行されてるからそれなりに信用はできそうだし、別にクエスト失敗したからって失うものもないでしょ?」
 まぁ、それもそうなのだ。
 評議会からのクエストなら、詐欺である可能性は絶対に無い。緊急クエストは先ほども説明したとおり、重大災害時に発行されることが多い。そんな重要なクエストに疑いなどもたれていたらいざというときに人が集まらないことになってしまう。成功すれば400万ゴールド。これは間違いない。
 まぁ、夜志奈も完全にやる気だし、今日一日くらいアクロポリスシティを探し回るのもいいだろう。
 というか、彼は夜志奈と一緒なら別にどうでもいいのだ。どうでもいい、というと大雑把過ぎるのかもしれないが。どんなクエストでも良かった。夜志奈がいるなら。
「でも、少年を探せって……これだけじゃ探しようが……」
「ああ、それなら大丈夫」
 マスターはまた一枚の紙を取り出した。そこには、似顔絵が書かれている。
「これが、問題の少年の似顔絵だって」
 それは記憶に新しい……さっき夜志奈とぶつかった少年だった。


続く
by sei_aley | 2011-02-06 01:31 | ECO小説<運命の赤い糸>

by sei_aley