ブログトップ

月明かりの射す静かな庭

noblemoon.exblog.jp

ECOのフリージアサーバに生息中。現在の企画→ECO小説<運命の赤い糸>

仰げば尊し 2



(;´Д`)14000文字オーバー言われた。




登場人物
詳しくは、ショートストーリーの『フシギなタマゴ』、『アルマの樹』をご覧ください。

・アレア=レフィス
アクロポリス出身の元冒険者。現在は引退中。
おととし、去年と守護魔とアルマを巡る事件に巻き込まれた。


・エニア=セレラル
アレアにつき従うタイタニアの少女。
その正体は、タイタニア界を震撼させた魔女。東に広がる広大な森の主。だが、現在はエミル界でのほほんと暮らしている。


・メルセンヌ
元々はアレアの介護用として派遣されたネコマタ。なんだかんだとアレアさんとの付き合いは長い。だが、戦闘用としての訓練はしていないので外までアレアについていくことは稀らしい。



仰げば尊し 2


「まだ……闇羽ちゃんは部屋の中みたいね。同じ部屋のバウとシャボタンは、デスちゃんの部屋で寝ているわ」
 夜の校庭に、アミスとアレアは絆の樹の前に並んで座っていた。
 空は満天の星空だ。空に浮かぶ飛空庭からは、よく星が見える。
「そう……」
 アレアは力無くそう相槌を打った。ぼんやりと空と地面が微かに接する先を見ている。
「ごめんなさい、私のせいだわ」
 アミスはそう言って、アレアと同じほうを見た。今日は、霞がかっていて海のほうまでは見えなかった。
「卒業式なんて、言わなければよかった。生徒たちも分かってくれると思っていたのだけど……逆に追いつめてしまったようね」
「アミスのせいじゃないわよ。何もかも私のせいだわ。私がこんなじゃなければ、もしかしたら先生としてこの学校に残れたのかもしれないのに」
 ギュッと、動かない自分の右手をつかんだ。それでも、この右腕はピクリとだって動いてくれない。
「……それは、右腕が動かないってこと?」
 アミスの問いに、アレアは首を横に振った。
「これは結果であり証であり、罰だわ」
「……罰?」
 そう、自分が犯した罪への罰。忘れてはいけない傷跡。背負っていく過去。
「私は、自分の母親を殺したわ」
「……!?」
 外から見れば、きっと褒められた母親ではなかった。いろいろな原因があったとはいえ、母親がアレアに虐待していた事実は変わらないし、それが原因で、最悪の結末になったことも……どうしようもない事実だ。
 たとえ本当は……母も子も、愛し合っていたことは変わらなくとも。
「それで……先生は出来ないって?」
「そうよ」
 母親殺しの先生なんて、冗談でも子供を預けたいとは思わない。たとえアルマたちがどんなに慕ってくれていようとも、それはやはり別の問題だ。私はいればきっと諍いが起きる。
 さーっと、頬を風が抜けていく。ちょっとだけ目がいたくて、少しだけ目を閉じた。
「それに、私は闇羽を殴ってしまったわ」
 まだ残る、あの嫌な手の感触。手に染みついた血はどんなことをしても拭えないというけれど、この感触もまた……どうやっても消えることがないように思えた。
これじゃ何も変わらない……私はあれから15年もたつのに何も変わっていないのか。
 何が、私は幸せ、だ。
私は結局、この15年間、得ては失って、失っては得てを繰り返して、プラスマイナス0になっているだけなんじゃないだろうか。少しは進んでいるのかな、なんて、しょせんは勘違いの幻想だったのだろうか。
「……」
 ふと、その左手が、ふわっと温かくなった。
 気づくと、アミスがその左手をやさしく握っている。
「大丈夫よ、アレア。アレアは、闇羽ちゃんを想って手を挙げたんだもの。私にはわかるわ」
 そう、私は知っている。貴女がどれだけ優しい人間かを。
「エラそうに……あなたには人の心でも読めるというの、アミス? 私が、本当は闇羽の行動にイラついただけかもしれないじゃない」
「そんなことは絶対にないわ」
 私は知っている。一年間、ずっと貴女を見てきた。突然心に目覚めて、戸惑っていたアルマたちを助けてくれた貴女を知っている。先生になるなんて大それた私の夢を叶えてくれた貴女を知っている。
 貴女は気づいていないのかもしれないけど、たくさんの人があなたに感謝をしているのよ。
「……闇羽ちゃんが落ち着いたら、ちゃんとお話ししましょう。きっとわかってくれるわ。いずれにしろ、生徒は先生から卒業しなければいけないのだから。ぷるぷると同じように……」
「……そうね」
 生徒は先生から卒業しないといけない。だったら、私は今まで何から卒業してきたんだろう? そして、何から卒業しなければならないのだろう?


 翌日、アレアが学校にやってくると、校庭ではバルルやローキーが何やら話しているのが見えた。
バルルはアクロポリスシティからはかなり遠いマイマイという島の出身で、その正体はちょっと小太りの獣だ。だが、人間の姿となったバルルは別に太っているわけではないので、やはりあの丸みを帯びたシルエットがバルルの標準体型なのだろう。多分。
ローキーは、東の方に住む狼だ。狼だと聞いている。どう見ても耳が狐のような気がしないでもないが、そういう耳をした狼がいるのかもしれないし、動物に詳しくないアレアはあまり触れないようにしている。ローキーと言えば駆け出しの冒険者が四苦八苦して戦う程度のあまり強くはない部類のモンスターだが、アルマのローキーは何か特別なのか、意外な強さを秘めているらしい。アルマの中でもリーダーシップをとることが多いようだ。
「おはよう」
 アレアが、二人に近づいてそう声をかけた。
「あ、アレア姉さん……おはようございます」
 バルルがそう挨拶を返す。バルルは少し相手と間に壁を作りやすい子だ。いつもどこか一歩引いて畏まったような言葉遣いをする。態度が少し生意気っぽいので丁寧という感じではないが。
「アレア殿、おはようなのじゃ」
 ついでローキーがあいさつした。ふわりふわりと揺れる尻尾は、いつか抱きついてやろうと思っている。
「何を話していたの?」
 アレアがそう尋ねると、あからさまにバルルがびくっと身を震わせた。
「あ、いや別に! べ、別に何も!!?」
「……?」
 バルルの反応にアレアが首をかしげる。すると、
「今度入ってくる新しい子はどんな子か話しておったのじゃ」
 と、ローキーが笑顔で言う。そして、バルルの背中を数回ポンポンと叩くと、
「そ、そうですよ! そうなんです!!」
 と、やっぱり怪しいテンションでバルルが肯定した。
 怪しい……と、アレアがさらに追及しようとしたとき、
「アレア殿、さっきアミス先生が探しておったのじゃ? 早く職員室に行ったほうがいいと思うのじゃ」
「あら、アミスが……? 何かしら……」
 怪しいとは思ったが、アミスが探しているのなら仕方がない。一瞬だけ二人をじろりと見たが、少しばかり強張った顔をしたので、アレアは逃げるように校舎の中へと向かった。
 ああいう顔は苦手だ。苦手だというか、恐ろしいと言ってもいいぐらいに。
 ダークフェザーに手をあげてしまった後だからだろうか。二人が『もしかして殴られるんじゃないか』と、強張ったように思えてしまってどうしようもなく怖かった。
 校舎の中に入り、廊下を歩いているとシーホースが前から歩いてきた。
「おはよう、シーホース」
 アレアがあいさつすると、シーホースは少しだけびくっと震え、
「あ、お、おはようございます、アレア先生……!」
 と、ちょっと慌てた様子であいさつを返す。またアレアは首をかしげる羽目になった。そして、どうしたの? と尋ねようとしたところで、
「ご、ごめんなさい。私急いでいるので……!」
 と、そそくさとアレアのわきを通って廊下を走り去ってしまった。アレアは茫然とその後ろ姿を見送っていたが、しばらくして開いていた口をきゅっと閉じ、また歩き出す。
 なんなのかしら? 今日はみんな様子がおかしい気がする。よそよそしいというかおどおどしているというか……もしかして、昨日の闇羽の件でみんな私を怖がっているのかしら? 確かに今までアルマたちに手を挙げたことはなかったが、そんなに優しい人間を気取っていたつもりもなかったのに。
 シャボタンがいたので、おはようと言った。シャボタンが何を言わずに走り去った。
 サラマンダーがいたので、おはようと言おうとした。サラマンダーは一目散に逃げた。
 オートメディックがいたので、おはようと言った。オートメディックは特に何も言わずにナチュラルに通り過ぎて行った。
 白い使い魔がいたので、おはようと言った。白い使い魔はうつむいて何か口ごもり、小走りでどっかいった。
 何!? なんなのこれ!!? なんですか!? 私はそんなに怖いですか!!? 暴力教師ですか!!? 体罰教師ですか!!?
 焦りにも似た落ち着かない気持ちのまま、結局その日は、おそらく今までで一番静かだったろう授業を終え、アレアはそそくさと帰って行った。


「……昨日はあまり眠れませんでしたか?」
 今日も今日とて、アレアの髪に櫛を入れるメルセンヌがそう言った。
「……そんなことはないわ」
 そういうアレアだが、鏡の中の自分は目の下に立派なクマを作っている。あれから……寝つきがすごく悪いのだ。布団に入っても全く眠くならない。そして、気づいた時には朝になっている。
「ご主人様、今日はおめかししましょうか」
「ん? なんでよ? いつもどおりでいいわ」
「あら、お忘れですか、ご主人様? 今日は確かご主人様の卒業式の予定だったと思うのですが……」
「ああ……」
 そういえばそういう話もあったな……と、アレアはどんよりとした気分になった。今日が最後の授業なので、そのあとに卒業式をやりましょうという話だ。
 だが、あれからその話は誰もしなくなった。自分から切り出せるほどアレアも神経が太くないので、結局どうなってしまっているのかわからない。
 本当にやるのだろうか……? もうあれから、誰も私と口さえきいてくれないのだけど……
 こんな結果になるのだったら、先生ごっこなんてやめておけばよかったのだ。調子に乗ったツケが回ってきたのだと思った。
「別にいいわ。多分卒業式なんてやらないし。授業が終わったらさっさと帰ってくるわ」
「ご主人様、お辛いようでしたら、別にお休みになってもいいのですよ?」
 メルセンヌの言葉で少し心臓が跳ねあがったのは事実だ。
「……」
 だがやはり……どれだけ嫌われていようと、やっぱりそれはダメだ。始めてしまったのは自分なのだから、ちゃんと終わらせるのも自分でなければならない。そうでなければ……いつまでたっても終われない。
「……ちゃんと行くわよ。またエニアなんかに引きこもりとか言われるのは嫌だし」
「フフフ」
 メルセンヌが嬉しそうに櫛を動かしている。どうせ私が『ちゃんと行くわよ』って答えると思って聞いているのだ。からかわれているようで、信頼されているようで、とても複雑な気分だ。
 やがて、いつもの通りに支度が終わる。全身鏡の前で一回転。今日もいつも通り……いつも通りだ。
「メルセンヌ、エニアは?」
「まだ寝ていらっしゃるようですが……」
「またか……」
 別段珍しくはない。いつもなら、もうちょっとしたらのそのそと起きてくる。そんな時間だった。
「じゃ、ウルは?」
「ウルもまだ……」
「……」
 いつもの事。ウルもそんなに早起きなほうじゃない。
 なのになんで……こんなにイラつくのかしら……!!
「わかったわよ。じゃ、行ってくるから……!」
「あ、ご主人様」
 何!? と、少し乱暴に振り返る。メルセンヌが笑顔で手を振っていた。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。きっと今日はいいことがありますよ」
 アレアは特に言葉を返すことはなく、さっさと家を出て行ってしまった。


 アレアが教室につくと、そこには誰もいなかった。
「……」
 もうすぐ授業の時間である。誰もいないなんてことはありえない。確かに時々遅刻してくる奴はいたけれど……
「……」
 ゆっくりと歩いて教壇のほうへと向かう。
 思えば、一年とはこんなにも早く過ぎ去っていくのかと思う。春夏秋冬365日。それはとてもとても長い時間のはずなのに。
 守護魔たちと関わり始めてからなら、もう2年も経過したことになる。こんなに時間がたつのが早いのならば、きっとあっという間におばあちゃんになってしまうだろう。
 でもきっと、これからはもっとゆっくりと時間が流れていく。もういろいろと面倒事を運んでくる守護魔どもとも、うるさく回りを駆け回るアルマたちともお別れだ。
 教壇に着いて、くるりと一回転して教室のほうを見た。この教室はこんなにも広くて、こんなにも静かだったろうか。
「……」
 最後はこんなになっちゃったけど……私は結構、楽しかったよ。
 ふぅ、と小さく息を吐いた。肩の力がすぅっと抜けて行った気がした。これで終わり。そうさ、これで終わり……?
「……?」
 その時、ふと鼻の先をいい匂いが通り過ぎて行った。これは……
 廊下から、足音が聞こえる。たくさんの足音だ。そして……
「……闇羽?」
 教室に入ってきたのはダークフェザーだった。そして、バウ、シャボタン、ローキーと……12人のアルマ、そしてその後ろにはアミスもいる。
「な、何……? あ、え、あ……! そ、そうね! 授業ね!! ほ、ほら! みんな早く席に着きなさい!」
 完全に浮足立った声色でアレアがそういうと、くすりとアミスが笑う。
「今日は授業じゃないわ、アレア先生。今日はアレア先生の離職式よ」
「りしょく、しき?」
「まぁ、先生の卒業式ってこと」
 卒業式。ああ、卒業式。卒業式……!?
「ほら、お嬢。おぬしが代表していうのじゃ」
 ローキーに促され、ダークフェザーがうつむきながらアレアのほうへと歩み寄ってくる。そして教壇の前まで来て、アレアの顔を見上げた。
 あのことがあってから、初めてちゃんとダークフェザーの顔を見た気がする。自分が叩いたあの頬は、もうきれいな肌色をしていた。
「アレア……先生」
「……」
 さびしくないと言えば嘘。もっと一緒にいたいって言うのが本当。
 でも、それじゃ私は何のために生徒になったの? 何もわからない私を助けてくれた貴女はいったいなんだったの? 私がいつまでもこんなんじゃ、それこそあなたはずっと先生を辞められない。私はずっと、何も変わらない。
「アレア先生。私は何も知らなくて、何もわかっていなかったわ。それを助けてくれて、いろいろなことを教えてくれたのがアレア先生とアミス先生。アップタウンに入るには通行証が必要で、他人のものはとっちゃいけなくて、自分の意見はちゃんと言わなきゃいけなくて、争いは醜くて、お母さんの日にはカーネーション、絆証明書は大切な人と二人で使う、火は便利だけど危ないから気を付ける、復讐はいけないこと、家族は大切なもの、人の心は誰かとつながる事、幸せは……きっと諦めちゃいけないこと」
 たくさんのことを教わった。そして、
「アレア、ありがとう。あなたがいなかったら、私はもっといろいろな人に迷惑をかけていたわ。他のアルマ、みんなとも出会えなかった。私、アレアから教わったこと、今度は新しく来る子たちに教えるわ。私には、こんなにも素敵な先生がいたんだよって」
「……」
「あと……あの、あのときは……わがままを言ってごめんなさい。アレアのこと、何も考えずに……私……」
 アレアが、教壇を回り込んで、ダークフェザーのほうへと歩み寄る。そしてしゃがんで目線をダークフェザーと合わせる。
「全く……まだこんなに小っちゃいのに。ちょっとカッコつけすぎよ、闇羽」
「アレア……」
「ありがとう。そんな風に思ってくれて。短い間だったけど……とても楽しかったわ」
 くしゃくしゃと頭をなでてやると、本当に屈託のない笑顔でダークフェザーは笑った。
 きっと私にも、こうやって単純に笑顔を浮かべられる時期があったのだろう。その笑顔を、今度は自分がこうやって見ることができるなんて……アミスが先生を目指した気持ちが分かった気がした。
「アレア、プレゼントがあるの」
「プレゼント?」
 そういえばさっきから、とてもいい匂いがしている。すると、アミスが大きな鍋を持ってきた。
「はい、これ。闇羽ちゃんが一人で作ったのよ」
 そう言ってふたを開けると、そこには真っ白なクリームシチューが入っていた。いい匂いの正体はこれだ。
「シチュー……? これを……闇羽が? ……一人で!?」
 うんうんと、闇羽が頷く。
 アレアは驚いた。アルマの中では、シーホースやオートメディックは器用で、アレアが教えるまでもなく料理ができていたが、ダークフェザーやバウのような少し幼い子はまだまだ手つきも危ういぐらいだったはずだ。
「アレアに教えてもらったシチューよ。おいしくできるようにいっぱい練習したんだから。おいしくできてるかはわからないけど……」
 いっぱい練習って……いつの間に……
「私たちも練習を手伝ったんですよ、そりゃ大変だったんですから」
 そう言ったのはバルルだった。アハハと、その隣のローキーも笑っている。
「ばるるんは、秘密の特訓をアレア殿から隠し通すことに大変だったのじゃ。もう何度危機があったことじゃろう……ばるるんはすぐに顔と態度に出るから困るのじゃ」
「す、すいません……ローキーさん……」
 顔と態度にって……
「じゃぁ、最近みんなの様子がおかしかったのは……?」
 アレアがアルマたちのほうを見る。シーホースが申し訳なさそうに視線を外し、
「ごめんなさいアレア先生……闇羽ちゃんから、絶対に秘密! って言われていて……」
 と言った。サラマンダーはほっとしたかのように胸をなでおろしている。
「私も大変だったよー。なんかのはずみでポロリって言っちゃいそうでさー。これでまたアレア先生と普通に話ができるね!」
 そういうことだったのか、みんなが自分を避けていたのはそういう理由だったのか。今日の朝まで、あんなに不機嫌だった自分がすごく滑稽に見えてやるせない気分になった。しかしメルセンヌめ、このことを知っていたな。あとで問い詰めておこう。
「だって、アレアをびっくりさせたかったんだもの! デスだって、秘密にしておいた方がアレアが喜ぶってそう言ってたし!!」
 ダークフェザーのその言葉で、アレアがデスをにらんだ。デスは即座に視線を外し、私に責任はありませんと無言の弁明をしている。
「さぁ、アレア先生。味見してあげて?」
 アミスが、アレアにスプーンを渡す。アレアは鍋の中のシチューを一すくいし、ゆっくりと口の中に入れた。少し甘めの柔らかい味がする。とろりとした舌触りがやさしい。
「どう? アレア先生? 採点の結果は?」
 そう尋ねるアミス。ダークフェザーは少し不安げにアレアを見上げている。
アレアはもう一度、そっとダークフェザーの頭を撫で、
「合格。おいしいわ、闇羽」
 と言った。


 離職式が終わり夕方、アレアは職員室で少ない荷物をまとめていた。
 今日で、この机ともお別れだ。この後ここに座るだろう先生が、きっといい人でありますようにと、アレアには祈る事しかできない。
 軽い鞄を持ち、アレアは校舎を出た。空は真っ赤な夕焼けだった。絆の樹から舞い散る花弁がすべて真っ赤に燃えていて、まるで世界が燃えているみたいだった。
 これで本当に終わり。もう二度とあの子たちに会えなくなるわけじゃないけど、もう私は……あの子たちの先生じゃないんだな……
「姉さん!!」
 聞き覚えのある声がアレアを呼ぶ。
「エニア?」
 アレアが記憶の中の名前を口走る。真っ赤な世界の中にあっても揺らぐことのない黒髪の少女が飛空庭の操舵輪のところに立って、こちらに手を振っていた。その傍らには、ウルの姿もある。
「迎えに来たよ! 帰ろう!」
 本当に、不意だった。
 エニアが迎えに来るなんて、別に珍しい事じゃないじゃないか。今まで何度だって迎えに来てくれてる。毎日寝顔だって見てるし、毎日のようにあの子のボケに突っ込みを入れている。何も珍しい事なんてないし、何も感動することのない日常なのに。
 なんで不意に、涙が出てくるのだろう。
 始めれば、終わらせなくてはいけない。すべてのものは移り変わって、変わらぬものなど何もない。
 でも、きっと変わらないものだってある。
 私が帰る場所。
きっとそこはいつもあの家で、きっといつまでも変わらない。
 仰げば尊しかけがえのない帰る場所。
 夕闇迫る空の上、青髪の少女がいつもと同じように帰路に着く。


[PR]
by sei_aley | 2013-02-24 20:13 | ECOショートストーリー