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月明かりの射す静かな庭

noblemoon.exblog.jp

ECOのフリージアサーバに生息中。現在の企画→ECO小説<運命の赤い糸>

蒼い剣の正義 第四話 後篇



第四話後篇です。


4話は全体として時間軸がごっちゃになっているので、分かりにくくなってしまいました……


(´・ω・`)構成力不足で申し訳ない


子供のときにはわからない、『子供』の大切さ。
おれ自身もまだ人の親ではありませんが、歳のせいか最近そんなことを考えます。

みんな、親孝行ガンバレ。


あと、清純の仕組みは完全に似非科学。あんまり信用するなよ!!




第四話後篇 『剣』


 刀匠バーウェイン=ホーセンは、ダウンタウンの隅に店を構え、ひっそりと剣を打ち続けていた。二十歳のときから鍛冶に携わり、もう40年近く剣を打っているベテランだ。
いわゆる職人肌だった彼は、二十代後半に結婚はしたものの仕事に没頭する毎日だった。別に家庭がどうでもよかったわけではなかった。ただ、刀を打つのが好きだった。
 妻もその辺りのことはうまく理解してくれていたようで、特に仕事に没頭する彼をとがめることは無かった。
 全盛期ともいえる年代のときに彼が打った刀は特に性能がよく、初心者から熟練の冒険者にも愛用者が多かった。騎士団に何本か剣を献上したこともあり、彼の名前は一部の冒険者の間では伝説とまで担ぎ上げるものもいる。
 別に不満のない人生だった。心残りといえば……子供が出来なかったことぐらいだ。
 あれよあれよと言う間に時が過ぎ……いつの間にか、もう子供を望む歳ではなくなっていた。妻は最初のほうこそ愚痴をこぼしていたが、あきらめたのか子供の話はしなくなった。
 そして、性質の悪い流行り病が流行したとき……運悪く妻は病魔に襲われ、この世を去った。
 寂しくない……といえば嘘だろう。葬儀も終わって一息ついた頃に、そんなことを思った。
 刀さえ打てればほかはどうでもいい。そんなことさえ思ったことのある自分が、いざ刀を打つ事しか出来なくなると……言いようのない無力感に襲われていた。
「この店も……これまでか……」
 店のカウンターに座り、自分が鍛えたあまたの剣を眺めながらポツリとつぶやいた。今年でもう68歳……もうそろそろ潮時なのだろう……体力的にも剣を打つのはさすがに辛い。
 自分のお気に入りを数本残して剣を処分したら……ここも終わりだな……
「……ん?」
 そのとき、ふと店の外に誰か小さな影が立っているのが見えた。
 客か? それにしては小さいな……迷子だろうか? この辺りは鍛冶屋ばっかりで子供を連れてくるようなところではないが。
「全く、近頃の親はなにしてんのかね……」
 親になったことのない自分がこんなことをこぼすとは……と、自虐めいたことを思いながら、店の外の小さな影を眺めていた。
 どうせそのうちどっかに行くだろう……と思っていたのだが。
 その影は恐る恐る、店に入ってきたのである。
 おいおい、ここがどういう場所なのか分かっているのか?
 声をかけることも忘れて、バーウェインはふらふらと店の中を歩く少女に見とれていた。それほど上等な服を着ているわけではない……いたって普通の少女だ。栗色の髪の毛を短くカットしていて、ぱっと見少年に見えなくもないが……華奢な腕と足が彼女を少女だと主張していた。
 そして、結構長い時間をかけて少女はバーウェインの座るカウンターまでやってきた。
「……」
「……」
 少女はまるで取って食われるとでも思っているような表情でバーウェインを見上げている。小さな両手が胸の前でぎゅっと握られていて、微かに震えていた。
 バーウェインといえば、呆気にとられるばかりで言葉が出てこなかった。そういえばこんな小さな子供に接した記憶すらない。どう話しかければいいのか……一声が出てこなかった。
 数秒、数分……数十分……もう何時間も過ぎたような気さえするほど長い時間、二人は見つめ合っていた。
そして、不意にぱっと少女が動いた。すばやい手つきで近くにあった剣をさっと奪い、ものすごい勢いで逃走したのである。
「は……?」
 いきなりの事態に、バーウェインはぽかーんと口をあけることしか出来なかった。万引きだ! と声を上げることも無く、少女を追うことも無かった。
 だって、剣の重さに耐えられず、すぐさまその場に倒れこんだのだから。
「……しかたねぇな」
 店の奥、そこは居住空間になっており、少女はちょこんと椅子に座っていた。バーウェインは慣れない手つきでお茶を淹れ、少女に差し出してやる。
 なぜ剣を盗ったのかと尋ねたが、彼女はずっとうつむいたまま答えなかった。
「……なぁ、もういいから家にかえりな?」
 面倒だから適当にあしらえばいいとあきらめたバーウェインがそう言うが、少女は椅子に座ったまま……動かない。
「……るんだ」
 はぁ……と大きくため息をついたとき、ふと少女がぼそりと何かをつぶやいた。
「ん?」
「……探しものがあるんだ」
 顔を上げる少女。小さく丸い両目がしっかりとバーウェインを見据えている。
「探し物って何だ? 剣か?」
「ううん」
「じゃ、何だ?」
 ……これが、バーウェインとアレアの最初の出会いだった。


「……何これ、ちっちゃいよ」
 バーウェインが差し出した通常の半分ほどの長さの剣を不満げに見上げるアレア。バーウェインは、むっと額にしわを寄せて、
「ガキにはこれぐらいがちょうどいいんだよ。もう少し成長して、いい女になったら上等のやつを作ってやる」
 ほれほれとアレアに押し付けるように剣を渡すと、彼女はガクッと剣の重さに前のめりになった。
「おも!」
「あったりめーだ、馬鹿娘。木刀や竹刀じゃねーんだよ」
「むー」
 不満げな表情を浮かべながらも、アレアは鞘から剣を抜いてみる。そして……あることに気づいたようだ。
「……ねぇ、これ……斬れるの?」
「いんや。刃は作ってねぇよ」
「はぁ!?」
 不満げな顔から、今度は怒りの表情に。
「斬れないってどういうことだよ! 剣じゃないじゃん!」
「だから言ってるだろ。ガキにはこれぐらいがちょうどいいんだよ。その重さに慣れたら、ちゃんとした剣を作ってやるよ。それまでそれで遊んでろ」
「あ、遊びじゃないよ! ちゃんとしたの作ってよ!」
「だから作ってやるって。そいつに慣れたらな」
「むー!」
 少女が小さな頬を膨らませて抗議する。が、バーウェインは笑いながらカウンターに座りなおした。
 アレアとの出会いから一週間。彼女に『剣を作ってやるからまた来い』と言ったのだ。まだ10歳程度のアレアの体格や体力では普通の剣は振れないし、無理に使っていても体の成長に大きな悪影響を与えてしまう。アレアは重いといったが、これでも通常の剣の3分の1の重さだ。
「いいか、馬鹿娘。剣ってやつは……」
「じゃ、私とりあえず東平原に行ってみるね」
「え……?」
 見れば、もうアレアの姿は無く、重そうに走る足音だけが微かに聞こえた。
 東平原って……まさかモンスターとでも戦う気か?
「ま……プルルぐらいなら虐め甲斐があるだろ……」
 ふぅ……と椅子の背もたれにもたれかかる。久々に剣を作ったらひどく疲れた。
 本当に俺も老いたものだな……と、軽く笑みを浮かべた。
 アレアは、どこから受け継いだのか剣の才能はあるようだった。バーウェインが最初に作った剣を半月もしないうちに軽々と使いこなすようになってしまい、バーウェインは次の剣を作らざるを得なくなった。数多の冒険者に剣を打ったバーウェインでも、正直彼女の成長には驚いた。彼も剣の心得があるので、雑になりがちなアレアに剣を指導したこともあった。ぶつぶつと文句を言いながらも、彼女はどんどん上達して行き……いつしか、彼女は『冒険者』だった。
 楽しかった。血はつながってはいないものの、親子とはこういうものなのかもしれない、と思うこともあった。
 だが……
「じじー、いる?」
 15歳になり、多少なりとも大人びてきたアレアが、今日も今日とてバーウェインの店を訪ねる。カウンターに座っていたバーウェインが「よう」と声をかけつつ彼女のほうを見ると、
「おいおい……どうしたんだよ、その怪我」
 アレアの体にはところどころに包帯が。そして、隠そうとしているようだが歩き方がおかしい。恐らく、どちらかの足に怪我を負ったのだろう。
「いや、さ……ウテナ河口ででかいブリキングとやりあっちゃって……そんで」
 苦笑いと共にそう言うアレア。そして、腰の剣を鞘から抜いてバーウェインに差し出した。
「思いっきり振ったら刃こぼれしちゃった。直して」
「……」
 青い太刀。ちょうど真ん中辺りの刃がごっそりと潰れている。居合いで真正面からたたきつけたのだろう。
「ブリキングは柔らかいやつ固いやつ色々種類が多いから、最初っから全力で叩くなって言わなかったか?」
「……河口付近だから大丈夫だと思ったんだよ」
「ぜんぜん理由になってねーよ、馬鹿娘」
 大きなため息と共に、太刀を鞘に収める。
 そして、またあの不機嫌そうな顔をしているだろうアレアのほうを見ると……
「……」
 そこには見慣れたあの顔は無く、無表情に立ち尽くす少女がいた。
 確かにアレアは活発な子ではない。物静かで落ち着いた子だ。だが、このときの彼女の表情は……冷たいを通り越して、凍り付いていたように思う。
「どうした?」
 たまらずにバーウェインが尋ねた。だが、アレアは少し首を振って、
「別に……とにかく、剣よろしくね」
 そう言って、店を出て行った。
「……」
 冒険者としても一人前になりつつあるアレア。だが、それでも彼女はまだ15歳だ。
 近頃、彼女から血の匂いがすることが多くなった。討伐クエストだろうか、返り血のような赤いシミも目立ってきた。
 最近思うのだ。本当に彼女に剣を渡してよかったのだろうか、と。

『探しものがあるんだ』

 そういったときの彼女は悲しそうだった。だが、表情があった。決意があった。
 今はどうだろう?
 探しものの話はいつしか聞かなくなった。最近は、世話になっていたらしい孤児院を飛び出して、冒険者向けのアパートを借り始めたようだ。冒険者向けといえば最低ランクのアパートなのだろう。少し間延びしていた髪も、手入れが面倒だといってばっさり切ってしまった。あの髪が長く伸びるたびに女らしさも成長しているような気がして、バーウェインは楽しみにしていたのに。
「軽いな……」
 アレアが残していった、刃こぼれした太刀。
 まるで枯れた木の枝のように……その剣は軽かった。


 『剣』とは一体何なのか?
刀匠としてそんなことを思い悩んだ時期はあった。
 だが、確たる答えは出なかった。冒険者は剣を求めて次々とバーウェインを尋ね、彼もそれに応じて剣を打ち続けた。
 そうしなければ、生活できない。剣を打ち、売り、直し……それがバーウェインの人生であり命そのものだった。
 いつしか、刀匠として本当に大事な問いだったはずなのに……その問いは忙しさの中に埋もれて消えてしまった。
 だが、最近になって急にその問いがまた、バーウェインの頭に浮かび上がるようになってきた。
 それは……あの少女のおかげだ。
「で、数回きりあっただけでこうなったのか?」
「いや、私のせいじゃない! あいつが悪いんだ!」
 あるとき、アレアがまたぼろぼろになった剣を持って店を訪ねてきた。
 剣は、刀身の約半分まで完全に破壊されており、あと一撃でも受けようものなら確実に真っ二つになっていただろう。今回、アレアに渡していたこの太刀は、彼女がいくら力いっぱい振り回そうとも簡単には傷が付かないように、わざわざアイアンサウスの古い友人に連絡を取ってまで手に入れた上質の材料を使い、念入りに作った自信作であったと言うのに。
「にゃにゃーん♪」
 アレアの頭には、ネコマタが嬉しそうにしがみついていた。幽霊とはいえ、アレアが誰かと一緒にいるところを見るのは初めてだ。
「ああもう! うるさいな、何で私について来るんだよ!」
 それを追い払うように手を振るアレア。どうやら連れて歩いているのは本意ではないらしいが……最近、嫌な冷たさを感じる彼女が、なんだか子供のようにネコマタとじゃれあっている……それを見て、なんだか少し安心した。
 いや、今はそれよりも。
「んで、そいつとはまだ決着が付いてないんだな?」
「へ? あ、うん……」
 決まり悪そうに返事をするアレア。
 あの様子では、あまりいい勝負ではなかったのだろう。というか、恐らく人間を相手に剣を振ったのは初めてではないだろうか? しかし、彼女の雰囲気から……『人間』を相手に剣を振ったことには何の気も止めてないようなものを感じるが。
 とりあえずアレアには以前に作っていた代わりの刀を渡し、その日は帰らせた。一ヵ月後に来いと言ったら、長すぎると文句を言っていたが。
 確かに、以前の太刀ぐらいのものなら材料を取り寄せる手間がなければ一週間ほどで作れる。だが……それではダメだ。それでは……彼女の身を守ってくれない。
 しかも……相手は恐らく『清純』である。
 刀匠の間で、伝説と呼ばれる武器がいくつかある。
 その一つが、『清純』と呼ばれる蒼い刀身を持つ刀だ。
 その破壊力はすさまじく、あらゆる武器を一振りで粉砕するという。バーウェインも話しに聞いたときは『何を馬鹿な』と一笑したものだが、目の前に破壊された自分の自信作が転がっていれば信じるよりほかにない。
 相手は『清純』。しかも、人を殺したことのある『暗殺者』。
 どう考えてもアレアに勝ち目はない。もう一度戦うことになれば、恐らく彼女は……いや、よしんば勝利したとしても……
 だが、きっと彼女は戦うことになるのだろう。
 ならばせめて……彼女が、命だけは落とさぬように……清純にも太刀打ちできる『剣』を……同じく伝説と謳われた武器『ウリエガノフ』を鍛えなおして作ってやるのが、彼女に剣を渡したものとしての最後の仕事ではないだろうか。
 戦うことを決めたのは、彼女だ。
 そして、戦う剣を与えてしまったのは……自分だ。
 責任を取らねば。刀匠としての自分の人生のすべてをこめて。


 清純に破壊された太刀を念入りに検証し、バーウェインはあることに気づいた。
刀身全体が歪んでいるのである。いくら清純の威力が桁違いであろうとも、ゆがみが特に生じるのは衝突した箇所だ。だが、太刀のゆがみはほぼ全体に波打つように広がっている。通常の衝撃ではこんなことはありえない。
 恐らく……清純の秘密はここにある。
 物質には、『共鳴振動数』と言うものが存在する。
 ある特定の周波数の振動を受けると、その物質が共鳴して大きく振動するのである。この共鳴振動数を利用した武器、それが清純だ。
 振動することで、物質の強度は著しく低下する。ガラスなどにいたってはその振動だけで破壊できるほどだ。刀身のような頑丈なものを共鳴振動だけで破壊することは出来ないが、強度を低下させ、インパクトの衝撃で破壊することなら可能かもしれない。
 そこで、母材となるウリエガノフの金属を合金にして弾性の特性を強くしたものを作った。振動のエネルギーを弾性で相殺できるはずである。多少強度が落ちてしまうが、ウリエガノフがもともとすさまじい強度を有しているので、普通の剣として扱う分にはなんら問題はない。
 だが、実際に剣を打とうとすると……どうしても腕が止まった。
 40年近く剣を打ってきたバーウェインには分かる。
この剣は打ってはいけない……と自分自身が思っているのだ。
 剣を打てば……アレアは戦う。清純と。暗殺者とはいえ、人間と殺しあう。
 今になってそれが怖くなった。10歳のアレアにも剣を渡した自分がいまさらになってこんなことになるとは、自分でも笑いがこみ上げてくる。
 稀に見る大豪雨も過ぎ去り、水の難を逃れた店の中でバーウェインはただカウンターに座ってアレアを待っていた。
 剣はできてはいない。だが、そろそろ約束の期日だ。
 アレアはなんというだろうか。どうするんだよ!? と喚くだろうか。
 それならそれでもいい。それで……彼女が清純と戦うことがないのなら。
 だが、いくら待ってもアレアは現れなかった。いつもなら決めた日時にやってくるのに……さすがに不安になりかけた頃、あのネコマタが店を訪れ、バーウェインに一枚の手紙をよこした。

『色々あって入院中。剣を取りに来れるのはもう少し先になります』

 アレアからの手紙だった。
「入院って……あいつ何やってんだ?」
 呆れ顔でネコマタに尋ねるバーウェイン。ネコマタは不安げな顔で首を横に小さく振った。
「……まさか、俺の言いつけを破ったんじゃないだろうな?」
「……」
 ネコマタは何の反応もせず、ただうつむくだけ。
『剣ができるまで清純とは戦うな』
 アレアにはそういった。それで、一ヶ月はおとなしくしてくれると思っていたのに……
「あの馬鹿娘……本当に死にたいのか……」
「にゃ~……」
 ネコマタは今にも消えてしまいそうな声で鳴き、バーウェインのすそを握る。
「ん?」
 だが、バーウェインには……ネコの言葉はわからない。ただ、あれだけうるさくアレアの周りを飛び回っていたネコがこんなにしおれているところを見ると……
「あの馬鹿娘……本当に馬鹿な娘だ」
 そっと、バーウェインはネコの頭に手を乗せた。
「にゃ……?」
「心配かけちまってすまねーな。あいつは昔から馬鹿だからな……」
 思い込んだら一直線なくせに、全部自分で背負い込もうとする。誰にも頼ろうとはしないくせに、自分のところには通いに来てくれる。
 彼女には分かっていたのかもしれない。自分が……寂しがっているということを。妻にも先立たれて、家族もいないバーウェインに……同じく家族がいない自分を重ねていたのかもしれない。
 優しい子なのだ……本当は。いつもは無口で冷たい印象を与えていても……あの子は優しい子だ。5年間付き合ってきた。嫌でも分かる。
 だから……作ろう、『剣』を。
 彼女にふさわしい『剣』を。
きっと分かってくれる……あの子は優しい子だから……


 バーウェインが目を覚ますと、そこは見たこともない場所だった。
「ん……?」
 確か、アレアの剣を打っていた最中に具合が悪くなって……ああ、ここは病院か。近所の誰かが運んでくれたのだろうか。辺りを見回せば、かなり上質な病院であるようだった。
「ったく、運ぶならもうちょいぼろいところにしろよな……」
 誰がここの入院費やらを払うと思っているのやら。これは本当に剣と店を処分することになるかも……
 コンコン。
「はい?」
 ノックに返事をすると……多少の間をおいて、ゆっくりと扉が開いた。
「……なんだ、お前か」
 ゆっくりと開く扉の間から現れたのは……見慣れた顔。少し目が充血しているような気がする。そういえば、窓の外は夕日が落ちた直後の蒼い空をしていた。
「じじい……大丈夫?」
 扉は開けたものの、中に入ろうとしないアレア。その顔は、まさに『不安』の二文字が刻まれている。
「ああ、その様子だと……色々分かっちまったみたいだな……まぁ、はいれや。そこまで届く声を出すのもしんどいぞ?」
 バーウェインがそう言うと、アレアは恐る恐る部屋に入る。その後ろ頭には……ネコマタがいた。
 まだ扉の付近で躊躇しているアレアに、バーウェインは近くにおいてあった椅子を指差す。そして、ようやっとアレアはそこに座った。
 うつむいたまま……顔がよく見えない。
「お前がここまで運んでくれたのか?」
 こくんと頷く。
「そりゃ悪かったな。医者には色々言われてたんだがなぁ、俺も年をとったもんだぜ」
 アハハと笑うが、アレアはうつむいたまま……頭のネコマタも心配そうにアレアを見下ろしている。
「……どうした?」
 尋ねる。アレアはゆっくりと……震える声で、
「ごめんなさい……」
 と言った。
「は? ……あぁ、あのことか?」
「……私が、色々と無理させちゃ……ってぇ!?」
アレアが何かを言いかけると同時に、バーウェインは彼女の頭のてっぺんに拳骨を食らわせた。ガン! と嫌な音が響き、思わずアレアが頭を抑える。
「この馬鹿娘! あれだけ剣ができるまでは戦うな!っていっただろ!!」
「え? えええ??」
 困惑した顔のアレア。その目には、拳骨の痛みからか涙がにじんでいる。
「入院ってどうせあの剣士と戦ったんだろ? まったく、勝ち目がない勝負をするんじゃねーよ!!」
「いや、あの……そう言うことじゃなくて」
「ああ?」
 バーウェインがアレアを睨むと、彼女は視線をはずして小さな声で、
「私がその……じじいを無理させちゃって……その、こんなことになっちゃって……」
「ああ……そういうことか」
「ごめんなさい……」
 またうつむく。彼女の顔からぽろぽろと……光るものがこぼれていた。
 アレアの涙……そういえば、初めて見たような気がする。
「お前に会ったのは……もう5年も前の話だな」
「……え?」
「見たこともねぇガキが、いっちょ前の面して店に入ってきて……突然万引きとは驚いたもんだ。声も出なかったぜ」
「……ごめんなさい」
「それから事あるごとに剣を壊しては俺のところに来て……5年か。お前が壊した剣は一体何本だろうな、数えておけばよかったぜ」
「……ごめんなさい」
「終いにはこんな大それた病院に運んできやがって……誰がここの入院費やらを払うんだ? お前の剣はほとんど採算度外視で直してるんだからな? 俺に蓄えなんてねーぞ」
「……ごめんなさい」
 泣きながら、ごめんなさいと何度もつぶやくアレア。

 思い出は、さて思い出そうと言うときにはそれほど出てこないものだな。
楽しかったことも、ムカついた事も……もっと色々なことがあった気がするのに。
 でも……確かに言えることがあるんだ。なぁ、馬鹿娘……

 バーウェインは、恐る恐る……アレアの頭に手を乗せ……ゆっくりと撫でた。
「……あ」
 その感触に気づき、アレアが顔を上げる。
「大きくなったな、馬鹿娘……もう15歳か。そうか、大きくなった……本当に大きくなった」
「じじい……」
「お前を見ているとな……楽しくてな。俺はもう老いるだけの身だが、お前は違う。これからもっともっと大きくなって、女らしくなって……」
 結婚……? ハハハ、それはまだ早いな。
「だから……そんなに謝るな」
 撫でていた手をそっと首の後ろのほうに回し……その頭を自分のほうに引き寄せてみた。最初にちょっとだけの抵抗を感じたが、そのまますーっとアレアが自分に寄りかかってくれる。
「でも、私……」
「お前が……俺の店を訪ねてきたのがお前でよかった。俺が……お前に剣を渡せてよかった。他の誰でもねぇ……俺が、お前に『剣』を……渡したんだ」
 5年。
 たった5年。
 お互いに……人生の中で、その5年は本当に短かった。
 でも、色々なことがあった。思い出せる思い出と……忘れてしまった思い出も……
「じじい……ごめんね、ごめん……本当に、ごめんなさい」
 いつの間にか、アレアがぎゅっと自分に抱きついてくれていた。泣いている顔を押し付け『ごめんなさい』の言葉が体に響く。
「いいんだよ……人はいずれ死ぬ。剣はいつか折れる。人も剣もかわらねぇ……これは運命だ」
「じじい……」
 『剣』とは一体何なのか? 答えは……『人』だ。
 そうだ、人も剣も変わらない。何も……変わりはしないのだ。
 だから……俺の『剣』を渡したお前は……俺の……
「馬鹿娘。忘れるなよ、人も剣も変わらない……お前の『剣』は、お前自身だ」
 そっと、アレアの手をとる。しわくちゃの自分の手と、綺麗なアレアの手。
「お前の『剣』は、一つ間違えば人の命を奪える力だ。たくさんの人を不幸に出来る力でもあるんだ」
「……」
「でもな……だからこそ、お前の『剣』はたくさんの人を救えると思うんだ。忘れちゃ駄目だ……お前の『剣』はお前自身。剣が犯した罪は、自分で償わなきゃいかん」
 でも、きっと大丈夫。
 お前は優しい子だから……お前の『剣』も、きっとやさしくなれる。
「自分の正しいと思うこと……正義を忘れるな。それが、俺がお前に渡した『剣』だ……」
「うん……うん……」
 アレアが、ぎゅっと自分の手を握り返してくれた。
 暖かかった。とても暖かくて……心地よかった。

 アレア……俺は、お前の『剣』を信じているぞ……


-終-
by sei_aley | 2007-11-26 17:40 | 4話 前半+後半

by sei_aley